「自殺未遂」から学んだコト。

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先週の「ボロ負け」のトラウマが若干残っている中、
トレード動画を再開。
月曜の東京時間はややこしいだけですね。
結局欧州時間での勝負となりました。。。

 

先日より僕の「無一文物語」という
新シリーズ?が生まれました。

これは人生で過去6度もの無一文を経験している僕の、
それぞれの無一文転落時のお話をしていこうという
僕にとっては何ともおぞましいシリーズです(苦笑)

ところが先週「ボロ負け事件」があったため、
一回飛ばすハメになりました。

そこで今日から毎週2回のブログ更新のうちの
一回分を新シリーズに充てたいと思います。

ちなみに新シリーズ?第一弾記事は↓こちら。
一回目の無一文バナシ

http://fxism.jp/nomoney-1

 

約30年近く前、
22才になるならないの頃の僕は
実演販売業界と言えば聞こえが良い、
実際には「テキ屋業界」早い話ヤクザな業界に
身を置いていました。

詳しくは前回記事に委ねますが、
結果的に業界の「ご法度」に触れた僕は、
様々な妨害工作を受け事実上仕事が出来なくなり、

さらには「そういう系」の事務所に
何度も呼び出されては、
あらゆる脅しを受ける日が続いたんです。

 

当時22才・・・

「そういう系」の事務所に一人で行き、
数名の「おっかない人たち」にガンガン脅されるワケですから、
それはそれはおっかなかったですね。

ホント、
オシッコちょっと漏れちゃうんじゃないかって(苦笑)

もちろん今だから冗談で言えますが、
当時は本当に怖かったですよ。

おかげ?でそれ以降、
「その手の人」への免疫は格段に上がりました。

ゆえにそれがあらたな「無一文への引き金」に
なったりしたのですが、
詳しくは以後の「無一文シリーズ」にて。

 

さて、、、

そもそも「カネ稼ごう」って決めた動機が、
「愛も夢も失ったことへの代替」でしたので、
カネすら稼げなくなった当時の僕は、
もはや「生きていく意味」すらなくなってしまいました。

そこで僕は自殺を決意することになります。

ただし、今から思えばなんですが、
僕は心のどこかで「助かりたい」とも思っていた気がします。

その理由は「死に方」によく表れていました。
僕が選んだ死に方は「薬物死」だったんです。

 

本当に、絶対に、確実に死にたいのであれば、
世間様への迷惑はさておくとして、
例えば高層ビルから飛び降りればよく、
それこそ電車に飛び込めば間違いなく死ねますからね。

けど、僕はそれらを選択しなかった・・・

一時期「練炭」での自殺が流行?していましたが、
アレなんかも「経験者」から言わせてもらいますと、
心のどこかで「助かりたい」って気持ちも
あったんじゃないかなって、
そんな風に僕は思っているんです。

 

そんなこんなで「死ぬ」と決めた僕だったのですが、
東京の「景色を知っている街」では、
より死への恐怖が増すという理由で
特別縁もゆかりもない東北の青森に飛ぶことにしました。

宿に着き、夜になった時点で薬局へ行き、
「目的の薬品」を致死量の数倍購入。
(誰でもカンタンに買えるため薬品名は控えます)

その足で『人生最後の晩餐』ということで、
僕は地元の見知らぬお寿司屋さんに入りました。

さほど食欲はありませんでしたが、
けどお酒にはかなり酔った記憶があります。

 

で、帰り道に酒屋で酒を大量購入し宿に帰還、
さらにしこたまの酒を飲み意識が混濁する中で、
僕は「ある薬品」を致死量飲み、
そのまま意識を失いました・・・

 

その後何時間経ったのでしょう。

「死んでいるはずの僕」でしたが、
数名の大人たちの怒声とともに、
朦朧とした意識の中、ボンヤリと目を覚まします。

薄目を開けた僕はどうやらベッドに寝かされているようで、
そのベッドの周辺には白い服を着た数名の人たちが
僕の服をハサミで切り刻み、僕の鼻の穴から
なにやらぶっといチューブを入れていました。

ちなみにチューブの正体は、
分かりやすく言うと胃カメラみたいなモノで、
胃の中を洗浄するためのモノだったようです。

このあたりで僕は気づきました。
「あぁ、オレ・・・助かっちゃったみたい」

 

ちなみになぜ助かったか?なのですが、
該当薬物自体は確かに致死量だったものの、
アルコールを大量に摂取していたことで、
化学反応かどうかは分かりませんが、
最終的にはカラダに吸収されるまえに
ある程度嘔吐で外に出たのが理由のようでした。

さて、
「助かったあと」の僕は、
今度は屈辱的な場面の連続でしたね。

胃の洗浄って、
早い話下剤のようなものをガンガン流しこむみたいで、
汚いハナシになっちゃうワケですよ。

なにせ鼻からぶっといチューブを入れられたままで、
身動きひとつ取れませんから、
オムツをつけられるわ、
オシッコのほうだって大事なところに管を刺され、
そこから逆点滴みたいな状態で放出させられていました。

ある意味この状態こそが
死ぬほど恥ずかしかったのをよーく覚えています。

 

このような「がんじがらめ」ではありましたが
それでいて意識はしっかりと戻った僕のベッドの枕元に、
見知らぬオトナの男性が座ってきました。

彼の僕への第一声、それは・・・

「好きな人はいるの?」

そのオトナは精神科医でした。

20代序盤の若者が起こした自殺未遂のため、
原因が「恋愛関係」の可能性が高い、、、
その精神科医はそう思ったのかも知れません。

ただ・・・
多くの人たちに迷惑をかけた僕ではありましたが、
けれども僕はこの時点で
完全に死ぬことがバカバカしいって思ってしまいました。

だって「好きな人はいるの?」ですよ(苦笑)
オフコースかよ!みたいな。

「ナニやってんだか・・・おれ」
そう感じたことは今でもハッキリと覚えています。

 

そこから数時間後・・・
東京から母親が到着しました。

鼻からぶっといチューブを入れられたまま、
ベッドで身動きの取れない僕の姿を見て、
彼女はその場で泣き崩れました。

一連の騒動の中で、
僕が最も後悔をした瞬間でした・・・

これ以降僕は
「死にたい」と何度か思ったことはあるものの、
実際に自殺を試みたことはありません。

現役のころに大好きだった
ボクシング元世界チャンピオンの辰吉丈一郎氏が、
お父様が亡くなった際、
報道陣にこんなことを言っていたんです。

「親より先に死ななかったことが親孝行だったと思う」

僕は痛切にこのコメントに共感をしたものでした。

 

実は僕の母親はまだ生きています。

僕の実の父親とは僕が5歳くらいのころに離婚をしており、
再婚相手は小さな自営業でしたし、
その再婚相手も他界した現在、
彼女には国民年金でのわずかな収入しかありません。

おかげさまで、
なんとかかんとか生活が出来るようになって以降の僕は、
彼女の生活費を毎月支えるようになり今に至ります。

 

母親はことあるごとに僕にこう言います。

「あなたは私の自慢なのよ。
だって私のお友達はみんな子供に対し
いまだにお金を出す側なんだから」

「私のお友達はみーんな、
アンタが羨ましいわ、良い息子さんを持ったねって
そう言ってくれるのよ。
いつもいつも本当にありがとうね。」

僕はこの言葉を聞くたび、
今でも声を出して泣きたくなります。

言葉では、
「なーに言ってんだよ、気にすんなよ!」
って言う僕なのですが、

心の中ではいつもこう言っているんです。

「母ちゃん、そんなことないって!
あのときは本当にゴメン!」

 

まさか僕のブログに
「自殺願望」のある人が訪問するとも思えませんが、

万一そのような人がいるとしたなら、
僕はなんとしてもお伝えをしなければいけません。

親より先に死ぬ以上の親不孝はない
ってこと。

これが一番最初の無一文転落時の
「余談」です。

 

湿っぽいお話で失礼いたしました。

 

▼続きはコチラ
「一回目の無一文」からの社会復帰

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ABOUTこの記事をかいた人

及川 圭哉

1965年12月29日生まれ。52歳。 常勝トレーダー集団「FXism(エフエックスイズム)」の中心人物で投資歴は1998年以来の18年。 現在に至るまでの道のりは決して 順風満帆ではなく、6度の無一文を経験する。 2006年、これまでの失敗と向き合い、3勝7敗でも利益が出せる独自の投資手法を構築。 これがきっかけとなり多額の資産を一気に築き上げることに成功する。