第十三話 「6度目無一文」からの復活バナシ

経営していた家電工事会社を
1500万円でバイアウトし、
その資金を元手に
「株の専業トレーダー」に転身した僕でしたが、

あろうことか新築一戸建てに引っ越した
その月の月末に証券口座の資金をすべて飛ばし、
6度目の無一文へと転落しました。

詳細は前回の記事で!

 

僕以外の家族が「新居」でハシャギまくっている
まさにその真っ最中・・・

 

2006年11月。

これから数十年に渡る住宅ローンの支払いも始まる中、
キャッシュフローもストックも失った僕は、
僕の「死亡保険金」で家族を守ることを真剣に考えました。

いや、そう考えざるを得ないほど、
追い込まれ、絶望していたワケです。

 

ところが
「無一文慣れ?」している僕のカミさんは、
意外なほどバタバタしたそぶりは見せませんでした。

『まぁなんとかなるんじゃない?』
『ていうか、なんとかするんでしょ?』
みたいな(苦笑)

 

始まったばかりの住宅ローンの行く末を考えると、
確かに気の遠くなるような年月ではありましたが、
実は毎月のローン支払額は
それまで住んでいた借家の家賃よりもいくらか安かったんです。

仮に新居へ引っ越さなかったとしても、
どのみち「家賃」は毎月発生したワケですので、
そう考えると確かになんとかなるような気もして来ました。

ホント「モノは考えよう」ですよね。。。

 

ただし!
キャッシュフロー&ストックがなくなったのは
厳然たる事実でしたので、
のんびりしているヒマはありませんでした。

さぁどうする?オレ!みたいな
そんな心境でしたね(笑)

 

なにしろこの時点で41才の僕でしたので、
今から就職ったって知れてます。

一瞬「タクシー運転手」も考えましたが、
ここから手取り20万円台では
真綿で首絞められる感じにしかならないのも見えていました。

なので、
なにか「事を起こす」必要があったわけです。

 

実は株の収益が怪しくなったあたり、
具体的には同年の夏くらいだったと思いますが、
僕は相場が終わったあとの時間を使い、
ネットでいろいろと調べモノをしていたんです。

なんか稼げるネタはないかなぁ・・・みたいな。

 

当時は元手資金不要の
「インターネットビジネス」とか
「情報起業」などが非常に盛り上がっていた時期でしたね。

僕はパソコンスキル自体は大変低かったので、
まぁ自分には縁のない世界だと思い、
最初の頃はさして気にも留めていませんでした。

ところがなにせ「無一文」ですので、
お金をかけずにお金を稼がないといけません。

つまり・・・
僕の“ニーズ”にドンピシャだったのが
これらの『インターネットビジネス』だったワケです。

 

当時の僕はネット上ではありますが、
プロ級のトレード成績を誇る専業トレーダーの友人が
3人いました。

まずは彼らに対し、
「トレード技術を教える教材を作ってくれないかな?」
「販売や管理やホームページ制作その他はすべて僕がやるから」

↑このような話を打診してみたんです。

 

3人のうち二人からはあっさり断られたのですが、
一番仲の良かった、しかも最もトレード成績の良かった友人が、
「あなたがやるなら乗りますよ」と快諾してくれました。

ちなみにその友人、
驚くべきことに「女性」だったんです。

「デイトレ教材」のやりとりをする中、
ビジネスで組むなら教えておかなくちゃね♪と、
その時点で初めて自分が女性であることを
僕に明かしたのです。

本当にびっくりしましたね。

 

で、その友人(と言ってもネット上のですが)は、
主婦のかたわらデイトレをやっていた人で、
株の利益で充分メシが食えるレベルだったんですよ。

けど、元手が一切かからずに
キャッシュフローを得られる可能性があるなら
乗らない手はないって・・・

まさに「女性ならでは」の堅実?な考えゆえ、
僕の提案に乗ったのでした。

世の中、本当になにがあるか分かりませんよね。

 

さて、
そんなこんなで「商品」の確保は出来ました。
問題はどうやって売るか?です。

そもそも当時の僕は
ホームページなど作ったこともなく、
それこそ「ドメイン」や「サーバー」なども
名前くらいは知っていましたが、
使ったことなどありませんでした。

けど、友人には「オレが全部やる!」って
言っちゃった手前、今さら手伝ってとも言えず、
増してや外注に依頼するカネもありませんからね。

「出口」が決まっているんだから、
とにかく絶対にやってみせる!

この気持ちだけで僕は突き進むことになります。

 

僕は近所の友人から
お古のホームページビルダーをタダでもらい、
同ソフトの使い方マニュアルを
ブックオフで100円(税込105円・笑)で購入。

一夜漬けで使い方をマスターし、
販売用のページ作りに没頭しました。

 

販売用ページの『文章』・・・
これを世間で「セールスレター」というのも
あとから知りました。

ただし、それらの文章については、
既存で出回っているモノを読んだ際、
「この程度ならオレでも戦える」と感じたため、
完全に我流で書き切りました。

 

あとは具体的な販売方法です。

いわゆる、
「情報起業マニュアル」と呼ばれる商品は
たくさんありましたが、
どれを買えばいいかも分かりませんし、
そもそもアチコチ買ってるカネもありません。

そこで僕は、
「買うつもり」の気持ちを持って
それらマニュアル販売者のメルマガを片っ端から登録。

で、彼らが僕に対し、
どのような手順で「僕が買いたくなるよう」にするのか?
を追体験しました。

もちろん、実際には何ひとつ
購入はしませんでしたけどね(笑)

 

おそらく・・・なのですが、
僕の行ったやり方は、
彼らのマニュアルを実際に買う以上に
勉強になったような気がしています。

 

さて、
これらの作業を2週間ですべてやりきり、
いよいよ発売開始までこぎつけることが出来ました。

参考までに、
カネがなかった僕は、
サーバーもドメインも「FC2」の無料モノを使用。

つまり結局使ったカネは
ホームページビルダーのマニュアル中古本105円のみ(笑)

よくがんばった・・・と、
自分を褒めてやりたいくらい頑張りましたが、
けど、売れなきゃなんの意味もありません。

「これでダメならいよいよ首吊りモンだな・・・」

そう思いながら眠りについた
発売初日の夜だったのでした。

 

朝起きておっかなびっくりパソコンを開いた僕の目に、
『売上合計額42万円』の数字が飛び込んできました。

「た・た・助かった・・・かも?」

僕が超突貫工事で段取りをした
株のデイトレ教材は発売初日に42万円売れ、
結果的にその月の合計純利益は250万円を超えました。

元手105円で、です。

 

あ、こんな書き方をすると
僕だけが凄いと誤解されてしまうかも知れませんが、

僕の友人・・・
といってもまさかの女性だったのですが、
彼女の「デイトレノウハウそのもの」が
とっても有用性の高い良質な内容だったことこそが、
一番の勝因であったことは付け加えておきます。

 

純利益の分配は「折半」と決めていましたので、
僕は無一文転落の翌月に125万円の利益を得ることが出来ました。

何はともあれ、
とりあえず僕は死なずに済んだことになります。

 

「さぁて・・・問題はここからだな」

メシを食うお金はなんとかなりましたが、
相場、特に「株式投資」に戻るための資金には
僕の中では最低でも300万円欲しかったため、
まだまだ不十分だったワケです。

そんな時にふと見つけたモノ、
それが『僕とFXとの運命的な出会い』だったことを
この時点の僕はまだ知る由もありませんでした・・・

 

今日も最後までお付き合いいただき
ありがとうございます。

この「無一文シリーズ」

今日をもって最終回にと思っていたのですが、
長くなっちゃったので
もう一回だけ次号に続くとさせてください。

次回、いよいよ最終話です。

 

▼続きはコチラ
最終話 無一文シリーズ最終回・・・そして『FX』へ。

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ABOUTこの記事をかいた人


1965年12月29日生まれ。58歳。 常勝トレーダー集団「FXism(エフエックスイズム)」の中心人物で投資歴は1998年以来の24年。 現在に至るまでの道のりは決して 順風満帆ではなく、6度の無一文を経験する。 2006年、これまでの失敗と向き合い、独自の「一泊二日スイングトレード手法」を構築。 これがきっかけとなり多額の資産を一気に築き上げることに成功する。現在は短期デイトレがメインである。