FX 業者を営んでいた私だが、顧客である投資家(以下お客)が日々負けるので、売上維持のため新規顧客獲得に時間とカネをつぎ込み続ける日々の私にある出会いがあった
2014 年の夏の話だ
その出会った方こそ、現在では私が師と崇める
稀代の相場師である H 氏だった。
当時の私は相場師など都市伝説の類だと思っていた。
何故なら、敏腕トレーダーであろうが、元外銀やヘッジファンドのトレーダーであろうがことごとく負け続けているのを目の当たりにする毎日を送っていたからだ
相場師とは、スーパーヒーローと同様、テレビや映画の世界の話だと思っていた。
ところが、H 氏は違った
当社のレポート作成を依頼した元外銀チーフディーラーからたまたま紹介を受け、私はシンガポールで H 氏に面会した。
当時の私は新規顧客獲得しか頭になく、うちで取引してくれる可能性があるのなら世界中どこでも飛んで会いに行った
いまでも H 氏に会った瞬間の事は憶えている。
「あ…この人ヤバいかも」
怖いとか恐ろしいとかそういう事ではない
生き物としての地位がこちらよりかなり上に位置している
そんな印象だった
当時お歳は 60 代後半だったが、その生気たるや数多の勝負を征してきた事が伺えた
お話を聞くと、相場で 50年近くメシを食ってきたという正真正銘の「伝説の相場師」だった
「やあ、K さん、話はきいてるよ、FX 業者やってんだって?」
「どう?お客、ドル円売ってんの?買ってんの?」
いきなりそう来たか…
当時の私はまだお客のポジションが売りなのか買いなのかなどあまり気にしていなかった、とにかく散々負けるという事しか
「ちょっと待って下さい(管理システムにログインして状況を確認)」
「あ、買ってますねだいぶ」
「やっぱりか、ダメだな」
「???、何か問題ありましたか?」
「いや、素人が買ってるなら上がらんよ、まだ時間かかるな、買ってたけど一旦手仕舞うわ」
当時の私は「伝説の相場師」とは、もっと神業的な何かで相場を的中させる超人の様なイメージを持っていた(勿論 H 氏が現在までに出してきた結果は超人級だったが)、それが一般投資家の動向云々で自身のポジションに手を加えるという事が痛く信じられなかった
(因みにその後 3 週間ドル円は揉みに揉んだ後、年末まで上昇トレンドを形成した)
「そ、そうなんですね」
「K さんね、素人は相場とれないのよ、K さんのところのお客も勝ってないんじゃないの?」
「は、はあ…(なんで知ってるんだろう…)」
「だって、既にこんなに買ってるのに上がって来ないじゃん、こいつらは安い所にあるから買っているだけで根拠も何もないんだよ」
「は、はあ…(そんなもんだろうか?うちのお客は元金融機関の人間も多いのだが…)」
とにかく、いま思えばこの出会いが私の人生を変えた
だが、私はその事には未だ気付かない
その後、夕食をご馳走になって、バーでお酒もご一緒した
私は何を食べたかも何を飲んだかも全くと言っていいほど覚えていない
私の頭の中で H 氏に言われたことがグルグルと回り続けていた
ただ、その H 氏は非常にお優しい方で
「せっかくシンガポールくんだりまで来てくれたから、とりあえず K さん一本でいいかい?」
1 本=USD1,000,000 を指す
と、うちでの取引を約束してくれた
(やっぱ伝説の相場師は違うな・・・とりあえずが USD1,000,000 か)
翌朝
「とりあえず USD500,000 を送るから、直ぐ取引できるように手配して、細かい事や書類関係はうちの○○と連絡とってやってくれる?」
と H 氏から電話を頂いた。
通常、大口投資家の口座開設がその日に完了することはない。
だが、H 氏とは既に面談済みだったし、この機を逃してたまるかという思いもあり、シンガポールでの滞在を一日延長し、スタッフを PC の前で待機させ、速やかに口座開設を完了するため、必要書類を○○さんから収集し一通りの手続きが完了したのを確認した後、私はシンガポールを後にした。
数か月後、私は驚愕することになる。
H 氏の口座残高が 3,000,000 ドルを優に超えていたのである。
原油の CFD をショートして(ショートは売りを意味する)資産がいきなり 6 倍を超えていた…
途中で動向が気になり何度か確認したが、H 氏の保有しているポジションはその預入れ証拠金と比較すると非常に(驚くほど)小さなポジションの筈だった
(伝説の相場師と言っても慎重なモノだな)
その 2014 年後半、原油の大暴落が起きた
100 ドル付近をうろうろしていた WTI 原油先物価格が年末には 50 ドル台まで下落した。
この短期間で50%以上もモノの価格が下がるなど前代未聞だ
H 氏の口座はその先も利益を伸ばし、最終的には 5,000,000 ドルを優に超えた。
「K さん、USD1,000,000入れようと思ってたんだけど相場が先に動いちゃったよ」
そんなに大きなポジションを入れる必要が無いと思っていたところ、直ぐに毎週安値を切り下げはじめたので追加資金の必要性を感じなかったとの事
何なんだ、なんなんだ、ナンナンダ
やっと理想のお客に出会ったにも関わらず、私は目の前で起きている事がまだ信じられないでいた
私は迂闊にも興味を持ってしまった。
今思うと、この「興味」を持った事が運の尽きだったのか、栄光への架け橋だったのか
まだ道の途中の為、結論に関しては述べる事ができない。
その数週間後、H 氏が原油 CFD のショートポジションを利益確定したのを確認した私はH 氏に連絡をした
「H さん、凄いです」
「いや、たまたまだよ」
普通の人間なら短期間で5億円も 6 億円も稼いで「たまたま」なんてことは言わない。
相場関係者は 1000 万円でも稼げば鬼の首でも取った様に大騒ぎする
最近 SNS でも大きなポジションを放り込んで 100 万円でも短期間で稼げば素人を驚かせる投稿をよく見る、FX 業界で仕事をしていると小粒なのに出合いまくるため常識が低くなる
ところが H 氏のポジションは非常に小さく、残念ながら私のビジネスには期待程は影響がないボリュームで、ハッキリ言うと、これで 100 万円とれるの?というボリュームだった
とはいえ、負けないで大きく資産を伸ばすお客などこの時までは皆無だったため、私にとっては間違えなく理想のお客だった
なので、SNS や自分のお客たちと比較すると(比べるのも失礼だと思うが)、明らかに何次元も何百次元も格が違った
(うーん、普通じゃないな、この方)
何となく分かってはいたが、今まで出会った相場上手(といわれる)人達とは明らかに違う
ただ、私が唯一引っ掛かっていた事が
何故、こんなすごい人が「お客売ってんの?買ってんの?」の質問。
そして買っていると聞くや「まだ時間かかるな」と、即座にポジションを手仕舞った事だ
弱小 FX 業者のお客がどうであろうと、この伝説の相場師には明らかに小事では無いか!
悩んでいても仕方ないので、年明けを待って芽生え始めた自身の「興味」に従うため
(H 氏は芋焼酎の森伊蔵がお好きと聞いたので日本からの出張者に森伊蔵を買ってこさせ)
その時まで誰にもやった事が無い「お取引のお礼」という出張の理由を無理やり作り、私はシンガポールに向かった。
「H さん、どうやって昨年の原油の暴落を仕留めたんですか?」
「ははは、そうか、気になるよね、みんな売ってないんだよ」
(はぁ? それが何だ…?)
「いい?K さん」
昨年、原油の在庫は積み増されるばかりでシッカリある、原油製品の在庫も沢山あった
昔から相場の世界では
【豊作に売り無し】
という相場格言があって、在庫が溢れていても、それを相場が織り込んでいたら(既に大きく下がっていたらという意味)価格は下がらないどころか上がったりするんだけど
今回はどこにも織り込みの跡が見えなかった
価格はずっと高い所にあって、ヘッジファンドのポジションを見ても誰も売ってないんだよ、ホラ
そういって H 氏は自身のタブレット端末で CFTC(米商品先物取引委員会)が毎週公表している WTI 原油先物の投機筋ポジション(ヘッジファンドのポジション)の推移を見せてくれた。
(確かに、ヘッジファンドは長いこと原油先物をロングしている)
ロングというのは買っているという意味だ、ヘッジファンドは相場では百戦錬磨というイメージがあるが売るどころか買っているとは…
「だから時間の問題でこれから在庫過多を織り込みに掛かるだろうと思ってあちこちに仕込んでたんだけど、たまたま K さんが来たからスポット(CFD はスポット価格、先物ではない)をまだ売って無かったので丁度いいと思って口座開けたんだ、正解だったよ」
なんか、次元が本当に違うな・・・

原油在庫?原油製品?こんなモン気にしている人は私の周りにいない・・・
私の顧客と言えば、やれ移動平均線がどうとか、FOMC がどうとかばっかりだ
ふと前回 H 氏の言葉が頭を過った・・・
「だって、既にこんなに買ってるのに上がって来ないじゃん、こいつらは安い所にあるから買っているだけで根拠も何もないんだよ」
根拠は「溢れている在庫」と「下がっていない価格」
そして気付かずに買ってしまっている投機筋・・・
相場とは何のためにあるのか?
正当な価格を決定するため、その正当な価格で売買を行うために取引所(または仮想取引所)は存在する。
そもそも売買行為なわけだから、在庫、要は需給というのは価格の形成にとっては非常に重要な要素であるのは間違えない。
それを無視しチャートの形状や金融政策のみに固執し結果が伴う訳もない、か・・・
もうこの時点で私の頭は、新規顧客獲得や取引増大願いではなく
不覚にも相場のメカニズム、値動きの真実に完全に興味が移ってしまっていた…
そこに座っていたのは、弱小 FX 業者の経営者では無く
伝説の相場師に教えを乞う、いち相場初心者だった